チリ南部のパタゴニア地域を流れる川は、雪に覆われた山々を源流に、切り立った岩肌を流れ落ち、緩やかな丘陵を縫いながら、青緑、深い青、鮮やかな緑色を放っている。プエロ川、パスクワ川、フタレウフ川。いずれも息をのむほど美しく、それらの川がうるおす風景は絶妙である。
しかし、これらの川も世界中の河川と同様、遠い都会や採掘作業に電力を供給するためのダムの建設プロジェクトに脅かされている。世界177の長い河川のうち自然のまま残されているのは、わずか3分の1。長さ千キロ以上となると、自然のまま直接海につながっているのは21河川だけだ。
もし地球の気候変動を食い止めようとするなら、そして淡水の汚染源を防ごうとするなら、さらに生存を川にゆだねている人びとのために役立とうとするなら、私たちはもっと多くの川を、本来の自然状態に戻してゆかなければならない。
何十年ものあいだ、川は気候変動に関する議論の中で補足的に扱われてきた。2019年末にマドリードで開かれた会議(訳注=第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議、COP25)でも同じだった。「Climate Bonds Initiative(CBI)」(訳注=クライメート・ボンズ・イニシアチブ。CBIは英国のNPOで、地球温暖化対策に向けた大規模投資を促進している)といった気候変動ファイナンスの新しい流れが出ているが、これは大規模な水力発電プロジェクトをすぐにも可能にしてしまいかねない。気候変動への解決策として、再生可能エネルギーとその財政支援が重要視されるが、水力発電ダムは正解ではない。
水力発電はクリーンな環境保全技術ではない。川は大地で腐敗した有機物を海に運び出すことで、年々脆弱(ぜいじゃく)になっている地球の炭素サイクルを正常化するのに役立っている。川から流れ出た腐敗有機物は海底にとどまる。それによって毎年、推定2億トンの炭素を大気中から取り込んでいる。
国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に参加している科学者のフィリップ・ファーンサイドが実証したように、巨大ダム、特にアマゾンのような熱帯河川のダムは「メタン製造工場」であり、場合によっては石炭火力発電所より多くの温室効果ガスを排出している。12月のCOP25に参加した276の市民グループは、CBIに水力発電を気候変動ファイナンスから除外するよう要求した。
水力発電ダムは、建設に際して広大な植生地域を水浸しにする。その結果、植物の腐敗が進み、二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素が放出される。全体としてみれば、水力発電ダムは、毎年10億トンもの温室効果ガスを排出する。これは航空業界に匹敵する排出量だ。航空機が18年に排出した温室効果ガスは9億トンを超えた。
ダムでせき止められた川は、人間や生態系にも影響を及ぼす。途上国では、6千万人以上が湖や川に頼って暮らしているが、世界ではすでに推定8千万人がダム建設で立ち退かされてきた。国連の推定によると、約百万種もの動物や植物が絶滅の危機に立たされている。少なくともその原因の一部は、ダム建設や河川の汚染、農業の工業化、それに魚の乱獲にある。
チリでは、10年以上にわたって環境活動家たちがダム建設と闘ってきた。06年、同国のエネルギー企業Endesa(エンデサ)が人口の少ない南部のアイセン地方を流れる川に五つの本格的なダムを建設する提案をした。同地方は南極大陸とグリーンランドを除けば、世界最大の氷原でもある。
「ハイドロアイセン」と呼ばれるこのダムプロジェクトは、遠方の都市への送電や同国の銅産業の電力をまかなうのが目的だが、建設によって1万5千エーカー(約6千ヘクタール)近い森林が水に漬かってしまう。銅産業はチリのGDP(国内総生産)の10%を占めるが、いったいどれだけの代償が必要なのか?
チリ大学が行った09年の研究は、大きなダムプロジェクトが国家の将来にとっても、増え続けるエネルギー需要にとっても必要でないことを明らかにした。ハイドロアイセン・プロジェクトに脅かされた地域は結束した。チリ各地の10以上の都市で、数千人の人びとが街頭で抗議した。環境活動家は、提案されたダムプロジェクトに反対して裁判に訴えた。
チリ政府は当初ハイドロアイセン計画にゴーサインを出そうとしていたが、14年、閣僚委員会は、プロジェクトがチリを象徴する地方に及ぼすインパクトの重大さを認めて、建設計画を断念した。
現在、パタゴニアの自然の川を守る運動は、1968年に米国で成立した「原生・景観河川法」に依存している。同法は米国内41州とプエルトリコにある226河川、総延長1万3413マイル(約2万1590キロメートル)の原生河川を保護している。
チリのいくつかの環境保護団体は、原生河川法の成立に向けたキャンペーン「レイ・リオス・サルバヘス」(訳注=スペイン語で「原生河川法」)を展開している。このキャンペーンで、チリは気候変動への対応策及び温室効果ガスの削減対策として河川保護を推進する国々の先頭に立っている。
私たちの努力は、河川に法的権限を与えた最近のニュージーランドやバングラデシュの動きにも励まされている。多くの国際的な組織、なかでもNPO「Rivers Without Boundaries(国境なき河川)」とNGO「World Heritage Watch(世界遺産ウォッチ)」は、2019年6月の報告書「Heritage Dammed(ダムにせき止められた遺産)」を出すにあたり精力的に取り組み、河川をユネスコの世界遺産と同様に認定と保護の対象地とすべきだと呼びかけた。
こうした動きは、サルウィン川(訳注=チベットを源流に中国雲南省からミャンマーを流れ、マルタバン湾にそそぐ。全長約2400キロメートル)やチグリス川(訳注=トルコ南東部の山岳地帯を源流にイラクを通ってユーフラテス川と合流、シャトルアラブ川となってペルシャ湾にそそぐ。全長約1900キロメートル)など世界有数の河川のいくつかをダム建設や迂回(うかい)工事、汚染から法的に守る新たな保護策につながるかもしれない。
ダム建設ブームに最初に火をつけた国々も、ダムの解体、あるいは一部閉鎖に動き始めている。米国では1600を超える古いダムが撤去された。中国の経済・社会発展5カ年計画は、国内5万河川の半分以上が消滅した要因として長年にわたる無計画なダム建設を見直し、再び河川をつなげる努力をうたっている。
私たちは、チリの河川を同じような目に遭わせないよう保護運動を組織化しようとしている。もしチリ政府が河川を法的に保護しなければ、川は間違いなく変わってしまう。もし国際社会が気候変動対策に取り組もうとするなら、川をもっと良くすることに多大な労力を費やす必要がある。(抄訳)
(Macarena Soler=環境保護団体Geute Conservación Sur創設者,Monti Aguirre=米NPO「International Rivers」ラテンアメリカ・プログラムコーディネータ、Juan Pablo Orrego=NGO「Ecosistemas」会長)©2020 The New York Times
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